タイトルの言葉はとあるゲームに登場するキャラのセリフから抜粋したものだ。
このキャラ自体はスキゾイド気質なキャラではないが、スキゾイド気質な私の心に響くような言葉をたくさんしゃべるのでこのキャラのセリフを軸にスキゾイドを考察し、この投稿を見る人にも考えて欲しいので全力で文字にしたいと思う。
【全てを諦めたロクデナシ】
この人物は自身のことを自虐交じりに「ロクデナシ」を自称しており、また他者からは「すべてを諦めた者」と呼ばれている。
諦めるというのはスキゾイド気質な人にはなじみの言葉と思ってる。何かを諦めた者が到達する心理の一つがスキゾイドだと私は思う。そしてこの心理に到達したからこその感性や考えを持つが常識的な人には拒絶されがちだ。「家族が亡くなってもそんなに悲しまない」「友人の誕生日を知らない」「飲み会や社員旅行は全部拒否」私はこれらの意見に同意するが間違いなく世間一般の人達はきっと「ロクデナシ」と呼ぶに違いない。このキャラの言葉が心に染みるのは多分形は違っても似た者だからなのかなと思っている。
【世間がそうであれと定めるフォーマットに精神が反してる】
私が一番心に響いた言葉だ。スキゾイドのみならず今生きづらさを抱えるすべての人に教えたい言葉だ。フォーマットを実際の言葉にするとキリがない。「人から認められたい」「人と会えなくて寂しい」「結婚して自分の家庭を持つべき」ざっと思い浮かんだのはこんなところだ。そういう考えを持つのは自由だし是非突き詰めて欲しいと思う。でも私は共感できない。押し付けられたらと想像するだけでストレスを感じるほどこれらの考えには賛同できない。でも私の考えを実際に声にすると世間からは間違いなく攻撃される。だからこそ仮面を適材適所で作りあたかもフォーマット通りの人間であるように振る舞う。スキゾイド気質な人が仮面を被るのはフォーマットに反してる心を隠すためだと思う。
【「続ける事」から外れたいだけ】
そして最後にタイトルを回収したいと思う。この言葉も私に響いたがなぜ響くのか最初はわからなかった。先に挙げた二つのセリフと違い思いあたる節がすぐ思い浮かばなかった。しかしこのスキゾイド帳の投稿や交流会を通じて納得できる結論を出した。
【仮面を被り続けることから外れたい】
スキゾイド風に言い直すとこういう表現になると思う。つまり仮面を被って日常の大半を過ごすが本当は常時仮面を外してマイペースに生きたいと心では思ってるのではないだろうか?スキゾイドが孤独を愛するのは孤独な場所や瞬間が仮面を外せる唯一の場所だからだろう。だが仕事などの場面は孤独と無縁だ。会社や学校といった集団に所属してる以上人との関りは絶対に発生する。人と関わる以上仮面は絶対外せない。でもいずれ仮面を被りフォーマット通りの人間であるように振る舞うことに疲れを感じ始めるのだろう。実際私は疲れを感じ始めてる。仮面を外した生活をしたいと心が叫び始めてる。交流会の参加を始めたりこの投稿をするのもいずれ疲れ果て行動できなくなる前に行動しなければという衝動が理由だったりする。在宅のフリーランスがスキゾイドの理想とふーとさんはブログに記していたが私もその通りだと感じる。なぜなら仮面を外した状態で仕事ができる唯一の場所は自宅だからだ。この投稿をきっかけに仮面を外した状態で仕事ができる場所に近づきたい。